エンジニアらしき人のひとりごと

100人中100人は興味を示さなくても、100万人居たら1人くらいは面白いと思ってくれそうな、重箱の隅をほじくってみるブログ。

松下電器(ナショナル)の幻のパソコン・JR-300

いやぁ、先日すんごいパソコンを見たんです。
あまりにもすごいんで、記事書いてみました。
そのパソコン、JR-300というんです。

BEEPさんが展示されていたJR-300のキーボード部分

(あ、あんまりちゃんとした写真撮ってなかった💦)

JR-300って?

1984年(昭和59年)に、松下通信工業(松下電器の子会社で通信機器や電卓などを担当)が開発し、松下電器(現在のパナソニック)が販売した…販売する予定だったパソコンです。

松下電器のJRシリーズパソコンは、
・JR-100(1981年11月発売)
・JR-200(1982年11月発売)
が既にあり、JR-300はその次の機種として開発されました。
(他にJR-800という携帯型(当時の表現では「ハンドヘルド」)のパソコンもありました)

JR-300は、当初は1983年(昭和58年)11月の発売を予定し、その後1984年3月発売予定に変更したものの、最終的には一般向けには販売されませんでした。学校などの教育機関向けに販売された、と言われています。

新聞や雑誌で発表されたにも関わらずパソコンショップ電器店などの店頭では販売されなかったため、「幻のパソコン」と言えるでしょう。

1983年は、アスキーマイクロソフトMSX規格を発表し、松下電器MSXパソコンを10月に発売した年です。
松下電器として、パソコンは自社のJRシリーズでいくのか、それとも家電各社統一のMSXでいくのか、またはその両方でいくのか。悩んだ末の結論なのかもしれません。

どんなマシンなの?

それまでの松下電器のJRシリーズは、本体とキーボードが一体となっている小型軽量のデザインで、家庭用テレビをモニターとして使え、シンプルな機能で比較的低価格でした(JR-200が79,800円)。

JR-300はそれとは大きく異なります。

最大の特徴は、専用テレビと組み合わせることで活用できる、スーパーインポーズ機能を備えていることでしょう。
スーパーインポーズは、テレビやビデオの映像に、別の文字やグラフィックを重ね合わせて表示する技術です。テレビ局ではこれを使って、番組のタイトルを表示したり、テレビ番組の最中にニュース速報や現在時刻を表示したりしていました。これと同じことが個人のパソコンでできるという、パソコンの活躍する場面を大きく広げる可能性を持った夢のある機能です。
またパソコン側から専用テレビのチャンネルや音量調整などの操作ができるようになっていました。
そしてこれまでは貧弱だったグラフィック能力も大幅に向上し、横640ドットx縦200ドットのきめの細かさでドット単位で8色のカラー表示が可能になりました。

本体部分が大きくなってキーボードと分離され、本機専用として開発されたモニターを使用し、スーパーインポーズ機能を備えたりきめ細かいグラフィックを表示できたりと性能が大幅にアップして、価格も本体だけで15万円。
これまでとは全く異なる、家電の雄である松下電器がリリースするJRシリーズの新機種。それがJR-300、という計画でした。

…実は、JR-300の発表より前の1982年11月に、シャープがX1(CZ-800C)というパソコンを発売していました。
このX1も、専用テレビ(CZ-800D)と一緒に使うことでスーパーインポーズやチャンネル操作などが可能になるマシンです。ワクワクするこれら機能は専用テレビと一緒でないと使うことができず、また外観もパソコン本体と専用テレビを一緒に使うことを前提としたデザインでした。このため、X1本体を購入した人はほとんどが専用テレビもセットで購入していました。

松下電器もテレビを作っていますので、魅力的なパソコン本体を開発するとパソコンだけでなくテレビも一緒に買ってくれる、というのは営業的メリットが大きいと思ったのかもしれません。名称もシャープX1の「パソコンテレビ」に対し、松下電器JR-300は「パソコン&テレビ300」。JR-300はX1に大きく影響を受けて開発されたパソコンではないかと推察しています。

松下電器のテレビ総合カタログ(1984年1月21日現在版。私所有)より

ということで

そんな幻のJR-300が、なんと、2024年10月13日に東京・秋葉原で行われた「マイコン・インフィニット PRO-68K」というイベントで、レトロパソコンのショップ「BEEP」さんによって展示されました。
しかも本体だけでなく、取扱説明書も!

BEEPさんが展示されていたJR-300取扱説明書。表紙はなぜか手書きだが、BEEPさん曰く「製本されたものと中身は同じ」だそう。

ということで長い長い前振りでしたが、そこで展示されていた本体と取説の情報をまとめてみました。
…ただし取扱説明書の全ページを見たわけではない(私の時間がなかった)ので、不完全な点があるかもしれませんがご了承ください…。

スペック

JR-300は、JR-200のソフトが動くモードがあり、そのためか複雑な構成になっているように思います。

CPU
メイン側 μPD780C-1 (Z80A互換) 4MHz JR-300モード時のみ使用。
サブ側 MN1800A (6802互換) JR-300モード時はI/O制御に。JR-200モード時はメインCPUとして。
ローカルCPU MN1544
MN1542(キーボード内)
取説にはこの2つのLSI名が書かれている。I/O制御用と思われる。
テキスト表示
JR-300モード 40字x25行 カラー・2画面 文字単位で色指定可能。
80字x25行 カラー・1画面 文字単位で色指定可能。
※備考 標準文字セット(256種)と呼ぶキャラクタのフォントデータは、電源ON時にキャラクタROMからキャラクタRAMに転送する。RAM上なので別の形に変更することが可能。またそれとは別にユーザ定義文字を255種定義できる。
JR-200モード 32字x24行 カラー・1画面 文字単位で色指定可能。
※備考 ユーザー定義文字として定義できる文字は、64種まで。
※備考 カラー表示 いずれも、色は固定の8色から指定。
グラフィック表示
JR-300モード 640x200ドット カラー・1画面 1ドットごとに色指定可能。
640x200ドット モノクロ・3画面 画面全体での色指定が可能。
320x200ドット カラー・2画面 1ドットごとに色指定可能。
320x200ドット モノクロ・6画面 画面全体での色指定が可能。
※備考 テキスト画面とグラフィック画面(複数ページ)の重ね合わせが可能。
JR-200モード 64x48ドット カラー・1画面 1ドットごとに色指定可能。
※備考 カラー表示 いずれも、色は固定の8色から指定。
サウンド
JR-300モード時 8オクターブ・3重音。外部入力とのミキシング可能。 PSG(AY-3-8910)を搭載。
JR-200モード時 不明 JR-200と同じと思われる。
RAM
メイン側 メインRAM 64KB Z80Aのメインメモリ。
グラフィックRAM 48KB JR-300モード時はグラフィック表示用に。JR-200モード時はMN1800Aのメインメモリとして使用。
サブ側 メインRAM 16KB JR-300モードでは、このうちキャラクタRAMとして2KB、ユーザパターン(ユーザ定義文字の字形定義用)として2KB、I/O制御用の作業領域や各種データバッファとして12KBを使用。
ビデオRAM 4KB テキスト表示用。
JR-300モードでは、画面表示する文字情報(キャラクタコード)の格納用に2KB、文字の色情報(アトリビュート)格納用に2KBを使用。
JR-200モードでは、文字情報と色情報の格納用に合計1.5KB、キャラクタRAMとして2KB、ユーザパターン格納用に0.5KBを使用。
共通 共有メモリ 2KB JR-300モード時に、Z80AとMN1800A間でのデータやり取りに使用。
Z80A側のメモリマップでは1KB分のアドレスしか割り振られていないが、切り替えて2KB分使用しているという。MN1800A側のメモリマップでどのように配置されていたかは不明(取説記載のメモリマップからは読み取れず)。
ROM
メイン側 IPL ROM 8KB JR-300モードでの起動時に使用。カセットテープなどからシステムプログラムを読み込む処理が収録されている。起動後はこのROMは切り離される。
サブ側 JR BASIC 5.0 ROM 16KB JR-200モードで使用するBASICが収録されている。
I/Oコントロール用ROM 16KB JR-300モードで使用する、プリンタやカセットテープレコーダなどの制御プログラムが収録されている。
※備考 JR-200モード時のDISK BASICのBIOS、キャラクタROMは上記一覧に含んでいないような?
端子
映像・音声 デジタルRGB出力端子 RF出力・ビデオ映像出力は無い。テレビとそれらの端子で接続するときは「RFコンバータ(市販品)」「コンポジットコンバータ(市販品)」が必要。
スピーカー内蔵 本体前面のボリュームつまみで音量調節可能。
オーディオ出力端子 本体前面のボリュームつまみで音量調節可能。
オーディオ入力端子 入力端子からの音声信号は、パソコン本体で生成した音と一緒にして出力端子から出力(ミキシング)する。ミキシングのON/OFFはBASICで制御可能。
テレビコントロール端子 TH15-M300専用。
電源のON/OFF、チャンネル切替、ボリューム調整、スーパーインポーズON/OFF制御、入力切替(テレビ、ビデオ端子、RGB端子)がBASICで制御可能。
周辺機器用 テープレコーダ端子 600ボー、2400ボーに対応。切り替えは本体背面のDIPスイッチにて。
メインフロッピーディスクケーブル接続口 本体内部の基板上にメインCPU側バスに接続される「拡張コネクタ」があり、インターフェースカード(ディスクドライブとセットで販売)をそこに差すと思われる。
サブフロッピーディスクケーブルコネクタ取出口 本体内部の基板上にフロッピーディスクコネクタがあり、そこに差したケーブルを本体外部に取り出す穴が開いている。インターフェース回路は本体におそらく内蔵(私の取説の確認漏れ)。
RS-232C端子
プリンタ端子 いわゆるセントロニクス社仕様準拠。
外部バス端子 メインCPU(Z80A)側のバスと接続する。JR-200の外部バス端子とは異なる。
キーボード端子 本体付属のキーボードを接続する。
ジョイスティック端子 キーボードの背面に2口あり。
その他
時計機能 バッテリーバックアップ付き時計チップ内蔵 周辺機器など(と書いてあるが、おそらく専用テレビくらいか?)のタイマー制御が可能。
拡張コネクタ 本体内の基板にコネクタ3つ メインCPU側に接続。メインフロッピーディスクユニットと接続するボードは、ここに装着する。
別売の漢字ROMカードもここに装着する。

BEEPさんが展示されていたJR-300の背面

付属品

  • キーボード

 スカルプチャータイプ。テンキー、テレビ制御用キーあり。ファンクションキーは6個(PF1~P6)。

  • キーボードケーブル
  • 専用RGBケーブル(TH15-M300用のケーブルだが、松下電器製カラーディスプレイTX-12M2・TX-12H2との接続にも使用可能)

 ※テレビコントロールケーブルは、テレビ(TH15-M300)に付属

  • データレコーダ接続用ケーブル(リモート端子あり)
  • 取扱説明書
  • BASICマニュアル
  • JR-ZBASIC/ZDEMOプログラムテープ

 A面にJR-ZBASICが 2400ボー、600ボーの順で収録
 B面にデモ用プログラムが2400ボー、600ボーの順で収録

  • ファンクションキーテンプレート

  キーボードのファンクションキー部分にかぶせる。

  • ファンクションラベル

  キーボードのCTRLキーと一緒に押すことで入力する特殊キーやBASICコマンドのショートカットをまとめたもの。

起動モード

  • メインフロッピーディスクユニット
  • サブフロッピーディスクユニット
  • ROMカード(本体内スロットに挿入)
  • カセットテープレコーダ
      電源ON時にシステムプログラムをデータレコーダから自動的に読み出す
  • JR-200モード
      サブフロッピーディディスクユニット+システムディスク(JR-DA01)
       → JR-200 DISK BASICが起動
      上記以外
       → JR-200 V5.0 BASIC(ROM)が起動
      またCPUのクロックの違いにより、速度が異なるモードがある。
       - ノーマルモード(JR-200と同じ速度)
       - ファーストモード(1.33倍速い)
       起動時はノーマルモード。POKE文により切り替える。
  • カセットテープコピーモード
      システムプログラムなどをコピーする
本体背面のDIPスイッチにて、上記起動モード、またはオートモード、メニューモードを設定する。
※オートモード:以下の優先順位で順に起動を試みる。
 ①メインフロッピーディスクユニット
 ②サブフロッピーディスクユニット
 ③ROMカード
 ④カセットテープレコーダ
※メニューモード:起動モードを選択する画面が表示され、モードをキー入力で指定して起動する。

つまり、DIPスイッチでJR-300モードかJR-200モードのどちらを使うかを固定できますが、起動時にキー入力でJR-300かJR-200を選択することもできました。

またJR-300モードのBASICは、本体内にはROMの形で内蔵されておらず、カセットテープに収録されています。このため、JR-100やJR-200のように電源ONで即BASICが立ち上がるわけではありません。
BASICを起動するには、起動モードとして「カセットテープレコーダ」を設定して起動します。そしてカセットテープレコーダの再生(PLAY)ボタンを押すと、付属のカセットテープA面に記録されたBASICを読み込みます。読み込みが完了するとBASICが起動し、以下のような文字を表示します。

MATSUSHITA JR-300
JR-ZBASIC 1.0
Copyright (C) 1984 by Matsushita
Free Bytes *****(実際には数字)
Ready

本体付属のデモプログラムを実行する際は、起動時にカセットテープB面のみを読み込ませます。A面のBASICは読み込ませる必要はありません。

このように起動時にBASICのシステムプログラムを読み込ませるので、将来新バージョンのBASICがリリースされた時のバージョンアップも可能ですし、他のプログラム言語を使用することも可能な設計になっています。
この、本体内にはBASICをROMで持たずにカセットテープから読み込ませる・テープを変えたら他言語も使用可能という設計も、シャープのX1とよく似ています。

ちなみに

BEEPさんが展示されたJR-300。BEEPさん曰く、譲っていただいた方は学校で使われていたとのことでした。やはり教育機関向けには販売されたようですね。
松下電器は早くからコンピュータを使った教育システムを開発されてきたので、JR-300も教育現場と相性が良いのかもしれません(実際に使った人の声求む!)。

おすすめ情報

またJR-300の内部構造については、PocketGriffonさんが特に詳しいです。
pocketgriffon.hatenablog.com
PocketGriffonさんは、入手したJR-300付属のBASICとデモプログラムを解析することで、内部構造を理解してエミュレータを作られました。その記録はこちらから。すごいです。
pocketgriffon.hatenablog.com

最後に

貴重なJR-300を展示いただき、写真撮影もさせていただいたBEEPさんには感謝です。ありがとうございました。
せめてものお礼に、お店へのリンクを貼らせていただきます。
www.beep-shop.com
www.akihabara-beep.com
(ちなみに私、店舗も通販も利用させていただいてます)

・・・あー、あのときBASICマニュアルも確認しておくんだったな…、と記事を書きながら後悔。いくつかあやふやな点がありまして。またBEEPさん展示していただけないかな…とちょっとだけ期待。