本シリーズの3回目。
1回目・2回目をご覧になってない方は、こちらもどうぞ。
tokieng.hatenablog.com
1回目・2回目で、PHSは3G(W-CDMA)と比べて「音がよい」ということを感じていただけたと思います。
ではなぜ、PHSは、2G(PDC)や3G(W-CDMA)と比べても高音質なのか?
電波や音声信号処理に疎い素人が、ちょっとまとめてみました。
PHSの音がよい理由は
端的に言うと、音声をデジタルにする方法が違うから。
音声をデジタルに変換する方法にいくつかあって、それをコーデックと言います。
2G(PDCフルレート) | 2G(PDCハーフレート) | 3G(W-CDMA) | PHS | |
---|---|---|---|---|
サービス開始 | 1993年 | 1995年 | 2001年 | 1995年 |
コーデック名 | VSELP | PSI-CELP | AMR (またはAMR-NB) | ADPCM 32kbps |
ビットレート | 6.7kbps (誤り訂正含めると11.2kbps) |
3.45kbps (誤り訂正含めると5.6kbps) |
4.75~12.2kbps | 32kbps |
ここで注目していただきたいのが「ビットレート」。
例えば
6.7kbps = 1秒間の音を表現するのに6.7kbit(≒0.8キロバイト(KB))のデータが必要
ということを意味します。
PHSがサービスを開始した1995年は、携帯電話は2Gの世代でしたので、2Gである「PDCフルレート」とビットレートを比較すると、
PHS 32kbps vs PDCフルレート 6.7kbps
つまりPHSのほうが、PDCフルレートの約4.8倍のデータで、音を表現していたことになります。
データ量が多ければ、それだけ綺麗な音が表現できそうですよね。
なら携帯電話もデータ量増やせばよかったのに
増やせない事情がありました。
それは、携帯電話の電波に余裕がなかったから。
ドコモのPDCも、はじめはフルレートで提供していましたが、
当時はユーザーが爆発的に増えて通話量も爆発的に増えていき、
ついにはハーフレート(データ量半分)が導入されたくらいです。
参考文献
ケータイWatch ケータイ用語
電波の利用状況に空きがありませんでした。
この状況を飛行機で例えると、
飛行機の座席に空きが無くなってきた。
飛べる飛行機の機体の大きさは変えなくて、
座席の広さを半分にして、2倍の人数を乗せられるようにした。
狭いけど、移動できるだけまし。
という感じでしょうか。
飛行機の場合は、満席で乗れないこともありますが、電話でそんなことあったら大変です。
スタジオジブリの映画「となりのトトロ」で、サツキちゃんがお父さんの職場に電話を掛けるとき。
電話局の人(電話交換手)に電話番号を口頭で伝えた後、一度電話を切るんですよね。
で、しばらくしたら電話交換手からサツキちゃんに電話がかかってきて、お父さんとつなげてくれる、というシーンがありました。
電話交換手はあの間、複数の電話局をまたいで電話回線をつなげていました。
途中の回線のどこかが全部使用中で埋まっていたら、その回線に空きができるまで待たされる(電話交換手からの電話がなかなかかかってこない)ことになります。
私やったことないですけど。
で、新しい通信方式である3G(W-CDMA)でも、最大で12.2kbpsまでとなりました。
では、なぜPHSでは32kbpsの音声通話が可能に?
端的に表現すると、
1つの基地局がカバーする半径が、PHSはすごく小さかったから
です。
携帯電話の場合、1つの基地局がカバーするのが半径3kmとか、そういう範囲。
PHSの場合は、それが500m程度でした。(後でもっと広くなりますが)
この2つを比較すると、
一つの基地局がカバーする範囲をセルと表現すると、
セルが広い(携帯電話) | セルが狭い(PHS) | |
---|---|---|
↓ | ||
その中に居るユーザーは | 多い | 少ない |
↓ | ||
同時に発生する通話数は | 多い | 少ない |
↓ | ||
電波 | たくさんの通話を、限られた電波に乗せなきゃいけない | 電波には少しの通話を乗せるだけでよい |
↓ | ||
一人当たりのデータ量 | 小さくする必要がある | 大きくできる |
これが、PHSの特徴である、マイクロセルの考え方です。
マイクロセルの利点は、
- 高速通信が可能
- 基地局が近いので、弱い電波で通信可能
- 電話機が出力する電波が弱くてすむので、バッテリー減らない
- 弱い電波を扱うので、医療機器への影響も少ない(なので病院でよく使われますね)
- 基地局が小さくて済むので、設置しやすい(携帯電話と比べて)
と、いいこといっぱい。
高速通信を活かして、
パソコンやPDA(電子手帳とスマホの間みたいな機器)のインターネット接続に使われたり、
iTunesよりも先に、映像や音楽のダウンロード販売(配信)などが行われたりもしました。
かと思いきや
マイクロセルにも欠点があります。
なのでPHSが登場した当初は、
「エリアが狭い」「すぐ圏外になる」「車に乗ってるときに切れやすい」など、不評でした。
これがPHSに対する「悪いイメージ」となりました。
「PHSは子供の持ち物」という印象を持った人もいました。
惜しい。でも仕方ない。
でも技術者は頑張りました。
エリアが狭い&すぐ圏外になる
→基地局を増やしました。
そして、それほど需要が多くない場所では、大きな出力の基地局を設置するようにしました。
電話機が出力する電波は弱いままなので、基地局が聞き耳を立てて、電話機からのかぼそい電波を拾うようにしました。
その結果、よっぽどでなければ圏外になることはない、というレベルにまで達したと思います。
歩きながら・車に乗ってると切れやすい
→基地局と電話機を改良しました。
DDIポケットでは、「H"」シリーズ以降は「ツインウェーブ機能」によって、基地局の切り替え(ハンドオーバー)が高速に行えるようにしました。
その結果、2000年頃以降は、PHSの欠点らしい欠点は、目立たなくなりました(私の感想ですが)。
そして、2021年1月31日を迎えました。
そしてPHSの今後
実は、「PHS」はまだ一部残ります。
PHSのもう一つの表現として、
「PHSは、家庭や会社にあるコードレス電話の子機を、外でも使えるようにしたもの」
があります。
「家にあるコードレス電話の子機。これを外に持っていってもそのまま使えるとうれしいよね」という感じ。
ここでPHSの基地局は、みんなが使うコードレス電話の親機みたいなものです。
で、PHSには、2種類の通話があります。
① PHS電話機を親機に登録して、親機を使って(親機の電話番号で)の通話(主に屋内)
② PHS電話機に専用の電話番号を振って、みんなの親機(基地局)を使っての通話(主に屋外)
①のために、PHSの電話機を子機として使えるという、コードレス電話の親機もいくつか出ていました。
(ただ、その親機は高価だったのでたいして普及せず、今残っているPHS電話機も子機にならないものがほとんどです。)
企業や病院などで、内線としてPHSのシステムを導入するというケースもありました。これは自営PHSとか構内PHSとか呼ばれたりします。
②の通話を行うには、街中にPHS基地局を設置してサービスを行う、電話会社が必要です。
それが、かつては「DDIポケット」「NTTパーソナル」「アステル」の3グループでした。
(DDIポケットは、のちにウィルコムになって、ワイモバイルへ。NTTパーソナルは、のちにNTTドコモに吸収されました。)
この電話会社を使うサービスを、PHSの公衆サービス、のような表現をします。
2021年1月末をもって、このサービスを行う電話会社が無くなりました。
ただ、①の通話は、親機がある限り(そして電波法で許可されている限り)使えます。
なのでPHSはまだ完全には無くなってない、ということですね。
公衆PHSサービスが終わったのちは、その電波(周波数帯域)の一部が、sXGPで使用されることになります。
参考:sXGP方式の拡張提案について https://www.soumu.go.jp/main_content/000628397.pdf
sXGPは、PHSの利点を引き継いだ、新しい通信システムです。
PHSは、終わったけど終わってない!
そのほかの参考文献
- https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol3_3/vol3_3_006jp.pdf
- 音声/楽音コーデックとは | 日本キャステム株式会社
- マイクロセルが生きるPHS,停電にも強いというそのワケは? | 日経クロステック(xTECH)
- NTT DoCoMoテクニカル・ジャーナル Vol.8 No.4 「モバイルマルチメディア信号処理技術特集 音声符号化技術
https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol8_4/vol8_4_025jp.pdf
※この資料の中の「IMT-2000」は、ドコモのFOMA(W-CDMA)、auのCDMA2000、ソフトバンク3G(W-CDMA)にあたります。